
本記事の監修弁護士:大平 修司
2010年12月弁護士登録。都内の事務所に勤務し、金融規制対応その他の企業法務や多くの訴訟・紛争対応に従事。
2016年4月に株式会社TBSテレビ入社。テレビ、インターネット配信、映画、スポーツ、eスポーツなど幅広いエンタテインメントについて、契約法務や訴訟・紛争対応や、インターネットビジネス、パーソナルデータの取扱いに関する業務等を担当。
2021年ライトプレイス法律事務所共同設立。
相続放棄をお考えの方には、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。相続放棄をするつもりでも、遺産である不動産や預貯金などを勝手に使ったり処分したりすると、相続放棄できなくなるのです。
本記事では、相続放棄に関する注意点を、詳しく解説します。
1. 相続放棄とは?|原則と制限事項
相続放棄とは、相続人が被相続人の財産・債務を一切引き継がないこととする制度です。
✅ 相続放棄の方法
相続開始(被相続人の死亡)を知った時から3か月以内に家庭裁判所に申述します。家庭裁判所が「受理」することにより、相続放棄が成立します。
※なお、相続人や相続財産に関する調査に時間を要する場合などは、3ヶ月の期間の伸長の申立てが認められることもあります。
相続人が、相続財産の全部または一部「処分」した場合は、法律により相続を承認したものとみなされてしまい(=法定単純承認)、相続放棄をすることができなくなります。本記事では、これについて詳しくお伝えします。
2.相続財産の「処分」とは?
「処分」の意味
日常用語では、「処分」とは、「不要な物を捨てる」といった意味で使われますが、法律上の「処分」とは、財産の現状や性質などを変更する行為を言い、「処分行為」とも言われます。相続財産を壊すことなどの事実的な行為や、相続財産を売却するような法律行為のいずれも「処分」にあたる可能性があります。
それ以外にも、たとえば、次の行為は「処分」にあたります。
- 土地や家に抵当権(お金を借りるときの担保)をつける(=担保設定)
- 人にお金を貸したけど、その「貸す権利(債権)」を別の人にゆずる(=譲渡)
- 誰かと和解して、「本当は100万円もらえるけど、80万円だけでいい」と約束する(=和解)
「処分」行為についてまとめると、次のようになります。
| 種類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 事実的処分 | モノを捨てたり壊したりすること | ゴミに出す、燃やす、壊す |
| 法律的処分 | 持ち主としての権利を変えること | 売る、担保にする、ゆずる、和解する |
「処分」にあたらないもの ー 保存行為
「保存行為」とは、権利や財産の現状や価値を維持するための行為をいいます。「保存行為」は、「処分」にはあたりません。
- 空き家の屋根補修で損傷を防ぐ(大規模な修繕は除く)
- 空き家を不法占拠する者に対して明渡しを請求する
- 債務者の財産を差し押さえて損害防止
→ これらはすべて「財産価値を保護する行為」で、保存行為に該当します。
処分行為以外にも、相続財産を隠したり(=隠匿)、消費をした場合には、原則として相続を承認したものとみなされ、相続放棄ができなくなります。
相続財産に含まれる現金や物を他相続人に内緒で持ち帰ってしまう行為は、「隠匿」に該当すると考えられます。
4. 「処分行為」により相続放棄に失敗する典型パターン
ケース1
父が亡くなった後、息子Aは「父には借金が多かったので相続放棄するつもり」として、家庭裁判所に申述予定だった。しかし、父の名義の自家用車が自宅駐車場にあり、車検も切れていて使わないため、Aは知人に5万円で売却してしまった。
その後、Aが家庭裁判所に相続放棄の申述をしたが、「車の処分を行った以上、相続を承認したものとみなされる」として放棄は受理されなかった。
このケースは、自家用車の売却が処分行為に該当するため、相続放棄が認められなかった事例です。車の譲渡や売却は避け、速やかに相続放棄を申し立てるのが適切でしょう。
ケース2
独り暮らしだった母が亡くなり、娘Bは相続放棄を決めていた。
実家の整理をしに行き、「不要な物だし捨てるだけなら問題ない」と考え、冷蔵庫・テレビ・ソファなどの家財をリサイクルショップでまとめて引き取ってもらった。
ところが、これが「相続財産の処分」にあたるとして、後日、放棄の効力が争われた。
家具や家電等の動産は、経済的価値が低くても法律上は相続財産であり、それを売却・廃棄することは「処分行為」に該当する可能性があります。
軽微なものは処分行為に該当しないという柔軟な判断がなされることもありますが、価値のないものであったとしても相続財産を第三者に引き取って貰う必要がある場合は、事前弁護士などの専門家に相談することが重要です。
ケース3
故人の持ち物を親族などが分け合う「形見分け」をおこなった。
たとえば、形見分けのつもりで時計や衣類などを持ち帰った場合でも、客観的に見れば「相続財産を自分のものとして持ち出した」行為と評価され、相続財産の処分や隠匿と捉えられるおそれがあります。
そのため、相続放棄の申述前に形見分けを行うことは、原則として避けるべきです。
もっとも、過去の裁判例等から、大きな経済的価値のない物(例:写真・手紙・一般的な衣類など)については、保存的・情緒的な目的にとどまる限り、承認とは評価されない可能性もあります。
裁判例では、スーツや衣類等について単純承認には該当しないとしたものがある一方、毛皮、コート、靴、新品同様のスーツ、絨毯などを持ち帰った事例において、「隠匿」に該当すると判断したものがあります。
これらの判断はケースバイケースであり、価値の判断や処分行為との線引きが曖昧な場合も多いため、事前に弁護士に相談することを強くおすすめします。
5. 弁護士に相談すべきタイミング
以下のような状況では、法的判断が必要となりますので、弁護士へのご相談をおすすめします。
- 相続放棄をする場合の空き家管理が必要
- 遺品の整理を行いたいがどこまでやってよいか分からない
- 他の相続人が相続財産を無断処分した
- 被相続人の債務について、債権者から弁済などを求められた
処分行為と保存行為の境目はは判断が難しいものもあり、後日争いになる可能性もあります。弁護士の事前相談でリスクを回避できます。
まとめ
相続放棄を考えている場合、たとえ善意であっても、遺産の管理や処分を安易に行うと「相続を承認した」とみなされ、放棄ができなくなるおそれがあります。
その結果、思いがけない債務まで相続してしまうリスクが生じます。
確実な相続放棄を実現するためには、法律上許される範囲での遺産管理や対応方法を正確に把握することが不可欠です。
当事務所では、相続放棄や遺産管理に関するご相談を受け付けております。
「相続放棄するけど、空き家が心配」
「形見を持ち帰ってしまったけど大丈夫?」
そんなお悩みをお持ちの方は、どうぞお気軽にご相談ください。
