
本記事の監修弁護士:大平 修司
2010年12月弁護士登録。都内の事務所に勤務し、金融規制対応その他の企業法務や多くの訴訟・紛争対応に従事。
2016年4月に株式会社TBSテレビ入社。テレビ、インターネット配信、映画、スポーツ、eスポーツなど幅広いエンタテインメントについて、契約法務や訴訟・紛争対応や、インターネットビジネス、パーソナルデータの取扱いに関する業務等を担当。
2021年ライトプレイス法律事務所共同設立。
相続において、残された配偶者が住み慣れた自宅で安心して暮らし続けることは、誰もが直面する重要な課題です。特に高齢の配偶者にとって、住まいの確保は老後の生活の安定そのものといえます。
2020年4月の民法改正で導入された「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」は、このようなニーズに応える新しい法制度です。配偶者居住権により、遺産分割時に老後の生活資金を確保しやすくなりました。ただし、第三者への売却(譲渡)ができないなど、注意すべき点もあります。
本記事では、これらの制度について、概要や違い、注意点、活用事例までをわかりやすく解説します。
1. 配偶者居住権とは?
配偶者居住権は、亡くなった方(被相続人)の家に住んでいた配偶者が、その家に無料で住み続けられる権利です。この制度は、配偶者が安心して住み続けられる場所を確保するために作られました。
以前の相続制度では、遺産のほとんどが家や土地などの不動産だった場合、配偶者がその不動産を相続すると、現金などをほとんど受け取れない問題がよく起きていました。そのため、配偶者は「住む場所を確保するか」それとも「生活費を確保するか」という二者択一を迫られることが多くありました。相続が発生した時点で配偶者が高齢で自分で収入を得るのが難しい場合、生活費を確保するために、住み慣れた自宅を手放さざるを得ないケースも少なくありませんでした。
配偶者居住権では、家の「所有する権利」と「使用する権利」を分けることができます。
これにより、配偶者は家に住み続けながら、他の相続人との間で公平に遺産を分けることができるようになりました。
2. 配偶者居住権の要件と成立の流れ
◆要件
配偶者居住権が成立するためには、次の3つの要件をすべて満たす必要があります。
- 配偶者が相続開始時にその建物に居住していること
- 遺産分割または遺言により配偶者居住権が設定されていること
- 対象となる家屋を被相続人が所有(又は配偶者と共有)していること(借家は対象外)
◆設定方法
配偶者居住権は、以下のいずれかの方法で設定されます。
遺贈
被相続人が遺言で配偶者居住権を設定します。
遺産分割協議での合意
裁判外での遺産分割協議や調停における相続人全員の合意で配偶者居住権を設定します。
家庭裁判所の審判
遺産分割協議がまとまらない場合、家庭裁判所の審判で設定されます。
【重要】建物の新所有者に対する対抗要件として登記手続が必要
配偶者居住権を取得しても、登記を怠ると、新所有者が建物を売却してしまうことがリスクになります。 配偶者居住権は、登記をしなければ、建物が第三者に譲渡された場合、その第三者に対して権利を主張することができません。登記をすれば、建物が売却されたり担保設定されたりしても、配偶者は引き続き居住することができます。
◆配偶者居住権のメリット
- 終身にわたり住み続けられる
- 配偶者が亡くなるまで自宅に無償で住み続けられるため、生活の安定につながります。
- 「収益」も可能
- 配偶者居住権は、建物を利用して利益を得ることも認められています。ただし、賃貸をするなど第三者に使用収益させる場合には、所有者の同意を得る必要があります。
- 財産分割の柔軟性
- 自宅居住を維持しながら、より多くの預貯金を取得できる可能性がございます。
- 課税評価の軽減
- 配偶者居住権は所有権と比べて評価額が低いため、所有権を取得する場合に比べて相続税の算定において有利に働きます。
◆配偶者居住権のデメリット・注意点
- 相続税の課税対象
- 配偶者居住権には財産的価値があるため、相続税の課税対象となります。
- 善管注意義務を負う
- 建物を通常の注意をもって維持・管理する必要があります(適切な清掃や修繕の連絡など)。また、著しい損耗や汚損を招くような使い方は避け、建物に不具合を発見した場合は、所有者(通常は居住権の負担がついた所有者)に速やかに通知しなければなりません。
- 店舗併用住宅の場合
- 店舗部分の収益も配偶者が受け取れる場合があります。賃貸収入は所有者の承諾を得た場合には取得することができます。
- 建物が配偶者以外の者に生前贈与や遺贈で譲渡済みの場合
- 居住建物は遺産分割の対象外となり、配偶者が配偶者居住権を取得することができません。
◆配偶者居住権を活用すべき場合と避けるべき場合
- 相続財産の大半が自宅不動産である場合(例:預貯金1,000万円、建物5,000万円)
- 配偶者が高齢で新たな住まいの確保が困難な場合(賃貸契約が難しい、引越し費用の負担が厳しいなど)
- 被相続人の前配偶者との子など、他の相続人との関係に問題がある場合
- 配偶者自身が建物を相続する予定がある場合
- 将来的に住み替えや売却を検討している場合(所有権者に贈与税が発生する)
- 所有者との合意形成が困難な場合(修繕費用や管理費の負担など)
◆遺産分割における配偶者居住権の評価方法
遺産分割協議をするためには、配偶者居住権の財産価値を評価することが必要となります。評価方法についての詳細は割愛しますが、居住建物の賃料相当額から配偶者が負担すべき必要費を控除した価額に存続期間に対応する年金現価率を乗じた価額とする方法(還元方式)や、居住建物及び敷地の価額から配偶者居住権の負担が付いた所有権の価額を引いた額とする方法(簡易な評価方法)などが提案されています。
配偶者居住権の評価額は不動産の所有権の評価額よりも低くなるので、配偶者は、居住を継続しつつ、現金等の相続を受けられる余地が大きくなります。
3. 配偶者短期居住権とは?
配偶者短期居住権は、亡くなった人の家に住んでいた配偶者が、一時的にその家に無料で住み続けられる権利のことです。この制度は、遺産分割が終わるまでの間、配偶者が安心して住み続けられるように作られた一時的な保護制度です。
配偶者短期居住権には、配偶者が遺産分割の当事者となる場合(1号配偶者短期居住権)と、ならない場合(2号配偶者短期居住権)があります。
◆主な要件
配偶者短期居住権は、以下の要件を満たすことで自動的に発生します。
- 被相続人の配偶者であること
- 相続開始時に配偶者がその住宅に無償で居住していたこと
配偶者短期居住権は配偶者居住権とは異なり、上記の要件を満たすことにより配偶者が当然に権利を取得します(遺言や遺産分割協議などは不要です。)
◆短期居住権の存続期間
配偶者短期居住権は、以下の期間のうちいずれか遅い日まで存続します。
- 居住建物について遺産分割が成立するまで
- 配偶者が遺産分割の当事者となる場合は、相続開始から6か月。ならない場合は、建物所有権を取得した人が短期配偶者居住権の消滅を申し入れた日から6ヶ月。
この間、配偶者は無償で建物を使用することができます。
◆配偶者短期居住権のメリット
- 自動的に権利が発生
- 要件を満たせば自動的に権利が与えられるため、他の相続人の同意や手続きは不要です。
- 相続放棄をしても利用可能
- 相続放棄をした場合でも、配偶者短期居住権は行使できます。
- 相続税の課税対象外
- 配偶者短期居住権の評価額は0円であり、相続税の課税対象にはなりません。
◆配偶者短期居住権のデメリット・注意点
- 権利の存続期間が限定的
- 遺産分割成立時または相続開始から6か月経過時までしか権利がありません。
- 第三者への対抗力がない
- 登記できないため、建物の所有者が第三者に変わった場合、居住権を主張できません。
4. 配偶者居住権と配偶者短期居住権の違い
比較項目 | 配偶者居住権 | 配偶者短期居住権 |
---|---|---|
発生条件 | 遺産分割、遺言、審判で設定 | 要件を満たせば自動的に発生 |
権利の存続期間 | 原則として配偶者が亡くなるまで | 遺産分割成立時または相続開始から6か月経過時まで等 |
登記の可否 | 可能(第三者への対抗力あり) | 不可(第三者への対抗力なし) |
相続税 | 課税対象(評価額あり) | 非課税(評価額0円) |
利用シーン | 長期的に住み続けたい場合 | 遺産分割が決まるまでの一時的な措置 |
5.よくある質問(FAQ)
- 配偶者居住権と配偶者短期居住権はどちらが良いですか?
-
配偶者が長期的に住み続けたい場合は配偶者居住権、一時的に住み続けたい場合は配偶者短期居住権が適しています。このほか、配偶者居住権は相続税がかかるので、ご家族の状況や希望に合わせて選択してください。
- 配偶者短期居住権は相続放棄をしても利用できますか?
-
はい、相続放棄をしても配偶者短期居住権は行使できます。
- 配偶者居住権を設定するにはどうすればよいですか?
-
遺産分割協議や遺言、審判によって設定します。専門家に相談しながら手続きを進めるのが安心です。
- 配偶者短期居住権は登記できますか?
-
いいえ、配偶者短期居住権は登記できません。
- 配偶者居住権は相続税がかかりますか?
-
はい、配偶者居住権は相続税の課税対象です。
6. 弁護士に相談すべき理由
相続は一度きりの重要なイベントであり、判断を誤ると後々の生活や家族関係に大きな影響を及ぼすことがあります。
特に配偶者居住権は制度自体が新しく、実務上の解釈や運用においても複雑な場面が多いため、専門知識を持った弁護士への相談が欠かせません。
- 遺産分割協議で不利な取り扱いをされないようにしたい
- 遺言の作成で配偶者を保護したい
- 他の相続人との間にトラブルがある
- 持ち家に住み続けたいが、どのような方法があるかわからない
このようなお悩みをお持ちの方は、お早めにご相談ください。
まとめ|配偶者の住まいの権利を守るために
配偶者居住権・配偶者短期居住権は、相続において配偶者の生活を守るための重要な制度です。どちらの制度も正しく理解し、活用することで、大切な人の老後を守ることができます。
配偶者居住権の取得をご検討の方は、LINEで友達登録の上、お気軽にご相談ください。 ライトプレイス法律事務所では、LINEを通じた無料相談を承っております。 遺言書の作成や遺産分割協議についても、一括してサポートいたします。