
本記事の監修弁護士:浅尾 耕平
2010年12月弁護士登録(第一東京弁護士会)。大阪、東京に拠点を持つ法律事務所に所属。
労働、商事関係を中心に訟務活動を担当しつつ、国際カルテル事案、企業結合審査等競争法対応、総合商社、メーカー等の一般企業法務等に従事。
2015年から、国内大手調剤・ドラッグストアチェーン企業、及びAIソフトウェア事業会社のインハウスローヤーとして、法務・コーポレートガバナンス実務を企業内から経験。
2021年ライトプレイス法律事務所共同設立。
婚活を目的としたマッチングアプリで独身と偽った既婚者との交際についての裁判例(大阪地裁令和6年10月21日判決)について解説しています。
本件で、裁判所は「貞操権侵害」を認め、慰謝料55万円の支払いを命じました。貞操権とは、性的関係を持つ相手を自由に決める権利で、騙されて性的関係を持った場合に侵害が認められます。ただし、被害者がSNSでトラブルを公表したことで、逆に名誉毀損として34万円の支払いを命じられました。
同様の被害に遭った場合は、適切に証拠を確保してなるべくすぐに弁護士に相談し、正しい法的手続きを進めましょう。
判決の概要
【事案について】
女性が独身限定の婚活マッチングアプリに登録し、男性とマッチング後、やり取りを重ね、2019年5月には性的関係を持ち交際が始まりましたが、その後、2020年11月頃には、交際関係は自然消滅。
その後、女性は男性が掲載されているWebサイトで子どもの写真を発見し、既婚者だったことが判明。男性は既婚者であったことを認め、女性は裁判所に貞操権侵害を根拠に裁判所に訴えました。
【判決とその理由について】
大阪地裁は、婚姻の有無は「性的関係を伴う交際をするかどうかを判断する重要な情報」とし、男性が独身であったと偽っていたことは「女性にそうした判断の機会を失わせる行為」として貞操権侵害を認定し、男性に55万円の支払いを命じる判決を言い渡しています。
(なお、現時点で同判決の判決文は公表されておらず、本記事は執筆時点の報道内容を元にしたものです。)
「貞操権侵害」とは何か
貞操権は法律に明記された権利ではありませんが、判例で認められてきた権利です。
貞操権とは、誰と性的な関係を持つかを自らが自由に決められる権利で、憲法で保障される「自己決定権」の一部です。性的関係を持つ相手を選ぶことは個人の尊厳や人格に深く関わる決定であり、この決定が他人の欺罔行為によって歪められた場合、民法上の不法行為が成立します。
ただし、裁判例の傾向を見ると、単純な性的自己決定権、ではなく、婚姻を前提とした性的自己決定権と結びつけて解釈されているように思われます。「貞操」とは元来、妻としての性的純潔に関わる考え方ですから、貞操権と呼ばれることも、こうした理解からすれば自然であると言えます(あるいは、民法上の貞操義務から派生したものとして捉えられているのかもしれません。)。そのため、単純に騙されて性的関係を持ってしまった、というのではなく、多くのケースで、婚姻への期待が裏切られたこと(相手が結婚できないと知っていたら性的関係を持たなかったという、関係があること)が、請求を認める上で、重要な要素とされています。
最も典型的なのは、既婚者が独身と偽り、結婚をすると相手方に期待を抱かせて交際し、性的関係を持つケースです。独身を偽っていなくても、既婚者が「もうすぐ離婚する」と嘘をついた場合なども該当することがあります。
この点、本件では、結婚を前提とする関係ではなかったとしながら相手方が既婚者であることは「性的関係を伴う交際をするかどうかを判断する重要な情報」として請求を認めており、他の裁判例の傾向よりも一般的な性的自己決定権にひきつけて解釈していると言えそうです。
マッチングアプリでの既婚者による不倫・不貞の問題については、以下の記事でも詳しく解説しています。

今回のケースで貞操権侵害が認められたポイント
今回の判決で重要なポイントは3つです。
①「独身限定」を謳っているマッチングアプリ上で出会っていることが評価されている点
規約で未婚者だけが登録可能とされているアプリに既婚者が登録したことは、明確な欺罔の意思があったと認定されています。
独身が前提の婚活サイトで出会った場合、相手が独身だと信じるのは当然で、この事実が貞操権侵害の悪質性を高めていると判断されたのです。
逆に言えば、いわゆる普通のマッチングアプリでプロフィールに独身と記載しただけで、同じように明確な欺罔意思があったと言えるかは、あいまいな部分がありそうです。
②交際関係の存在
男性は「性交渉だけの関係」と主張しましたが、裁判所は2か月のやり取りを経て交際が始まったことを認定しました。結婚前提の真剣交際では、相手の婚姻状況が極めて重要な情報となります。
③性的関係を持つか持たないかの「判断の機会を失わせた」点
既婚者であることを知っていれば性的関係を持たない選択ができたはずで、その機会を奪ったことが貞操権侵害の核心であると判示しています。
慰謝料55万円という金額の妥当性
今回のこの判決での慰謝料額は、妥当と考えられるでしょうか。
貞操権侵害の慰謝料相場は50万円〜200万円程度で、夫婦間の不貞行為(通常、100万円〜300万円程度)より低額になる傾向があります。貞操権は、婚姻関係に基づく配偶者の権利ほど強い法的保護を受けるものではないと評価されていると言えそうです。
今回の55万円という金額は、独身限定アプリでの明確な欺罔行為という悪質性がある一方で、実際に婚約には至っておらず結婚の具体的約束もなかったことが考慮されていると思われます。
明確に婚約していた場合、結婚を前提として具体的な準備行為(引越し、退職、結納など)があった場合、妊娠していた場合、関係が長期に渡った場合(婚期や出産の機会を逃してしまう場合)、加害者の社会的地位が高い場合、騙し方が巧妙で悪質な場合、被害者が若く結婚への期待が大きかった場合などは、結婚の具体的な約束があるという重大な事情として評価されそうです。
本件にはこうした非常に重大な事情まではなかったことが、55万円程度に賠償に留まったということかと思われます。
逆に、そもそも真剣な結婚を前提とした関係ではなく単なる遊び相手であった場合、既婚者かもしれないと疑うべき事情があったのに確認しなかった場合や、既婚者だと知った後も関係を続けた場合は減額されたり、請求が認められない可能性もあります。
貞操権侵害で請求するリスク
貞操権侵害での賠償請求するケースは、客観的に見れば、不倫行為です。
そのため、自分としては騙された!と思っても、よく考えたらわかったでしょ、という状況であれば、逆に相手方の配偶者から、不貞慰謝料請求を受けてしまうリスクがあります。貞操権侵害と不貞慰謝料請求は両立しませんから、不貞慰謝料請求が認められた場合には、一方的にお金を支払う側になってしまいます。
そうすると、既婚者を相手に貞操権侵害をするかにあたっては、自身が騙されてしまったことに落ち度がないか、本当に権利侵害をされた被害者と言えるかを慎重に考えなければなりません。
SNSでの公表で逆に賠償責任が発生
なお、今回の裁判では、女性がこのトラブルについてSNSで公表したことについても審理され、女性側にも34万円の支払うように判決しています。
こちらの事案の流れとしては、女性がSNSを通じてこのトラブルを社会に公表したことに対して、男性側が名誉毀損として反訴した、というものです。
この判決により、女性にも賠償が発生したことで、貞操権侵害で55万円を獲得しても、34万円を支払うことになり、実質的な回収額は21万円にとどまりました。
名誉毀損は、①公然と、②事実を摘示し、③人の名誉を毀損する行為で、内容が真実であっても成立します。SNS投稿は不特定多数が見られるため「公然と」の要件を満たし、不倫や既婚者の事実を書き込めば「事実の摘示」と「名誉の毀損」が認められます。
SNSによる公表・暴露には数十万円〜数百万円の損害賠償リスクや、刑事罰(3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金)のリスクがあります。さらに、今回のケースのように、本来請求できた慰謝料が実質的に減額される可能性もあります。
仮に被害者であっても、その事実を不用意に第三者に拡散してしまうことは、別の違法行為となってしまうことの良い例です。発信して腹いせしたくなる気持ちはよくわかりますが、その手段や内容は非常に慎重に考えるべきであり、この事例のように、実名で第三者にもわかる形で発信することは、控えるべきでしょう。
弁護士に相談するメリット

貞操権侵害が成り立つかどうかの判断は微妙な問題になることが多いです。
貞操権侵害での請求は、逆に、不貞慰謝料で訴えられるリスクもあります。
弁護士であれば、ケースごとに慰謝料請求が認められる可能性を適切に判断できますし、逆に相手の配偶者から慰謝料請求を受けるリスクについても事前評価できます。
また、相手との窓口になってもらえるため直接対峙する必要がなく、精神的負担を大幅に軽減できます。どのような証拠が必要か、どう保全すべきかについて専門的アドバイスを受けられます。
訴訟に移行した場合も、証拠の提出方法、主張の立て方、相手方の反論への対応など、すべて任せることができます。
最後に
今回の判例は、既婚者による独身偽装のうえ、性的関係に至った場合に貞操権侵害が認められること、逆にSNSによる暴露などの対応をすれば反訴のリスクがあり、裁判所に責任が認定されれば賠償を負うことを明確にしました。
弁護士としては、適切な証拠を確保し、冷静に法的手続きを進めることがベストであると考えます。当事務所でも、LINEにて不倫・浮気問題、貞操権侵害に関する相談を承っておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。
