
本記事の監修弁護士:菅原 啓人
2021年1月弁護士登録(現在、東京弁護士会所属)。
都内の法律事務所にて、交通事故案件を中心に、労働事件、不貞、離婚事件等の一般民事事件を担当。
2024年10月ライトプレイス法律事務所に入所。
趣味は、野球観戦、映画鑑賞、旅行、スイーツ巡り等。
労災事故により働けなくなった場合、最も心配になるのが家計への影響、特に子どもの学費の確保です。労災保険制度では休業補償給付により収入の約8割が補償されますが、それでも家計は厳しくなりがちです。
そのようなときに活用できるのが「労災就学援護費」です。これは、以下のようなケースで労災保険から子どもの学費を支援する制度です。
- 遺族(補償)年金の受給権者に子がいる場合
- 障害(補償)年金(1〜3級)の受給者に子がいる場合
- 傷病(補償)年金の受給権者で、特に重篤と認められる方に子がいる場合
通常の労災給付に加え、教育支援として設けられた特別制度であり、安心して子どもの就学を続けるために大きな助けとなります。
さらに、会社の安全配慮義務違反が認められる場合は、労災保険給付とは別に損害賠償請求による追加補償を受けられる可能性もあります。
労災が家計に与える影響
収入の急激な減少
労災事故により仕事を休まざるを得なくなった場合、まず直面するのが収入の大幅な減少です。休業4日目以降は、休業補償給付が支給され、これにより収入の約8割が補償されますが、ボーナスや残業代、各種手当は補償対象外であるため、実際の生活水準は下がりがちです。
特にお子さんがいる家庭では、学費や教育費の負担が大きいため、労災による収入減少の影響は避けられないでしょう。
労災保険給付による基本的な補償
休業補償給付の仕組み
労災により働けなくなった場合、休業4日目から休業補償給付が支給されます。支給額は給付基礎日額の60%に休業特別支給金の20%を加えた合計約80%です。これは非課税であるため、実際の手取り収入に近い水準が補償されます。
この休業補償給付は、労働不能の状態が続く限り支給されるため、治療に専念しながら一定の収入を確保することができます。
障害補償給付と後遺障害
労災により後遺障害が残った場合、障害等級に応じて障害補償給付が支給されます。1級から7級までは年金として継続的に、8級から14級までは一時金として支給されます。
さらに、障害等級1~3級の障害補償年金の受給者や、遺族補償年金・重篤な傷病補償年金の受給者がいる場合には、その子どもが労災就学援護費の対象となり、学費の支援を受けられる制度もあります。
労災就学等援護費による学費支援
制度の概要と目的
労災就学等援護費は、労災保険の社会復帰促進等事業の一つとして設けられた制度です。業務災害や通勤災害により死亡した労働者の遺族や、重度の障害・重篤な傷病を負った労働者の子どもに対して、学費の一部を援助するために支給されます。
この制度は、労災による経済的困窮によって子どもが進学を諦めたり退学したりすることを防ぐ目的で設けられており、社会保障の観点から重要な役割を果たしています。
「請求(申請)のできる保険給付等 ~全ての被災労働者・ご遺族が必要な保険給付等を確実に受けられるために~」パンフレット
-厚生労働省HPより。11ページの「労災就学援護費」をご参照ください。
支給対象者の要件
労災就学等援護費の支給対象は、次のいずれかに該当する労働者の子どもです。
- 障害等級第1級から第3級までの障害補償年金受給者の子ども
- 遺族補償年金の受給権者の子ども
- 傷病補償年金受給者のうち、特に重篤と認められる者の子ども
ただし、年金給付基礎日額が1万6000円を超える場合は支給対象外となります。これは、一定以上の収入がある家庭では学費支援の必要性が低いとの判断によるものです。
支給額と支給期間(令和7年4月現在)
労災就学等援護費の支給額は、子どもが在籍する学校の種別によって異なります。
在籍している学校の種別 | 支給額(月額) |
---|---|
小学校 | 16,000円 |
中学校 | 21,000円(通信制の場合は18,000円) |
高等学校(専修学校高等課程・一般課程を含む) | 20,000円(通信制の場合は17,000円) |
大学(大学・短大・高等専門学校4~5年・専攻科・専修学校専門課程) | 39,000円(通信制課程の場合は30,000円) |
支給は年金と同様に2か月分ごとに口座へ振込されます。
支給期間は各教育課程の通常の修業年限内に限られ、留年や転学により修業年限を超えた部分は対象外です。
申請手続きの流れ
労災就学等援護費を受給するには、「労災就学等援護費支給・変更申請書」を管轄の労働基準監督署に提出する必要があります。
- 住民票
- 戸籍謄本(親子関係の確認用)
- 在学証明書または在校証明書
- その他、労働基準監督署が指定する書類
申請は原則として受給権者(障害年金・傷病年金・遺族年金の受給者)が行いますが、委任状を用意すれば代理人による申請も可能です。必要に応じて、弁護士や社会保険労務士など専門家が申請を行うこともできます。
損害賠償請求による追加補償
安全配慮義務違反と損害賠償
労災保険給付だけでは十分な補償にならない場合、会社の安全配慮義務違反を理由として損害賠償請求を行うことができます。
安全配慮義務違反の具体例
- 必要な安全設備の設置を怠った
- 適切な安全教育を実施しなかった
- 危険な作業環境を放置していた
- 安全マニュアルを整備していなかった
損害賠償で認められる可能性のある項目
損害賠償が認められた場合、労災保険でカバーされない以下の項目について補償を受けられることがあります。
- 慰謝料(入通院慰謝料・後遺障害慰謝料)
- 逸失利益(将来の収入減少分、扶養家族への生活費相当分を含む)
- 物損(眼鏡・時計などの破損)
- 家族の付添費用
損益相殺のルール
労災保険給付と損害賠償が重複する場合、費目拘束のルールにより相殺が行われます。
重要なのは、治療費の過払い分は治療関連費用からのみ控除され、慰謝料等は減額されないという点です。同様に、休業補償の過払い分は休業損害から控除されますが、慰謝料は労災では支給されないため、加害者に対して満額請求することができます。
なお、労災における慰謝料請求については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、併せてお読みください。

手続きを進める際の重要なポイント
早期の労災認定申請
まず重要なのは、速やかに労災認定の申請を行うことです。労災就学等援護費をはじめとする各種給付は、労災認定が前提となります。
会社が労災申請に協力的でない場合でも、労働者本人が労働基準監督署に直接申請することができます。申請の際は事故状況を正確に記録し、医療機関での診断書など必要書類を揃えることが重要です。なお、給付の種類によっては2年~5年の時効があるため、できるだけ早めに行動することが大切です。
専門家への相談
労災事案は複雑な法的問題を含むことが多く、適切な補償を受けるためには専門知識が必要です。
- 弁護士:損害賠償請求や安全配慮義務違反の主張を含め、トータルでの対応が可能
- 社会保険労務士(社労士):労災申請の実務・書類作成に精通し、労基署への対応をサポート
特に会社が非協力的な場合や補償を十分に受けられない可能性がある場合には、早い段階で専門家に相談することをお勧めします。
まとめ:子どもの未来を守るための行動
労災により収入が減少した場合でも、適切な制度を活用することで子どもの学費を確保し、教育機会を守ることができます。労災就学等援護費をはじめとする各種支援制度の存在を知り、早期に手続きを行うことが大切です。
また、労災保険給付だけでは十分でない場合、会社の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求により、より充実した補償を受けられる可能性もあります。子どもの将来を守るためには、利用可能なすべての制度を検討する姿勢が重要です。
一人で悩まず、労働基準監督署や労災に詳しい弁護士などの専門家に早めに相談することで、最適な解決策を見つけることができます。
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