
本記事の監修弁護士:浅尾 耕平
2010年12月弁護士登録(第一東京弁護士会)。大阪、東京に拠点を持つ法律事務所に所属。
労働、商事関係を中心に訟務活動を担当しつつ、国際カルテル事案、企業結合審査等競争法対応、総合商社、メーカー等の一般企業法務等に従事。
2015年から、国内大手調剤・ドラッグストアチェーン企業、及びAIソフトウェア事業会社のインハウスローヤーとして、法務・コーポレートガバナンス実務を企業内から経験。
2021年ライトプレイス法律事務所共同設立。
不倫により家庭が崩壊した場合、子どもから親の不倫相手に対する慰謝料請求は認められません。最高裁判例により、親の離婚によって子どもが親から愛情を受けられなくなるわけではないという理由で、子どもの独立した損害は否定されています。
ただし、不倫相手が「害意をもって監護を積極的に阻止した」など特段の事情がある場合には例外的に慰謝料請求が認められる可能性があるとされていますが、現実的にはそのような事例はほぼありません。一方で、子どもの存在は不倫された側の親の慰謝料請求において増額要素として考慮されるため、実質的な救済は親を通じて図られることが一般的です。
子どもから不倫相手への慰謝料請求の基本的な考え方
不倫による家庭への影響と子どもの立場
不倫により両親が離婚することになった場合、子どもは精神的に大きな打撃を受けます。安定した家庭環境が失われ、経済状況の変化や生活環境の変化を余儀なくされることも少なくありません。特に、進学を控えた子どもにとっては、教育費の問題から将来の選択肢が狭められる可能性もあります。
場合によっては、不倫による子が受けるダメージは、配偶者以上に大きなものです。
このような状況において、子どもが損害を受けたとして、不倫相手に対して慰謝料請求できないのでしょうか?しかし、このような請求は原則として認められないとされています。
慰謝料請求の法的根拠となる要件
慰謝料請求が認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。
まず、不法行為が成立することが前提となります。不倫(不貞行為)は、婚姻関係にある夫婦の一方が配偶者以外の者と肉体関係を持つ行為であり、「夫婦の婚姻共同生活の維持」を侵害する不法行為に該当します。
次に、損害の発生が認められる必要があります。精神的苦痛を受けたことによる慰謝料請求の場合、その精神的苦痛が法的に保護されるべき利益の侵害によるものでなければなりません。
最後に、不法行為と損害との間に相当因果関係が存在することが必要です。つまり、不倫行為と子どもが受けた精神的苦痛との間に、法的に評価できる因果関係が認められなければなりません。
最高裁判例による子どもからの慰謝料請求に関する判断
昭和54年最高裁判決の重要な判断基準
子どもから親の不倫相手に対する慰謝料請求について、最高裁は昭和54年3月30日の判決において重要な判断を示しています。この判決では、「父がその第三者との関係を継続するために別居を続け、そのために親族としての愛情を注ぐことができず、父母との共同生活により得られる利益を享受することができなかった」として子どもが慰謝料を請求した事案について判断されました。
最高裁は、「不倫により配偶者の一方が離婚の意思を固め、これが原因となって夫婦が別居ないし離婚するに至った場合においても、第三者の行為と未成年の子が父母の共同監護の利益を享受し得なくなることによる精神的苦痛ないし財産的損失との間には、通常、相当因果関係を認めることはできない」と判示しました。
判例の理論的根拠と実務への影響
この判決の理論的根拠は、親子関係と夫婦関係の法的性質の違いにあります。夫婦関係は離婚により法的に解消されますが、親子関係は離婚によって解消されることはありません。親権者の指定により一方の親との同居関係は変化するものの、法的な親子関係そのものは継続し、養育費の支払義務なども発生します。
さらに、不倫相手が子どもに対して直接的な害意を持って行動することは通常想定されず、不倫行為の目的は配偶者との関係にあって、子どもとの関係を破綻させることを意図したものではないという点も考慮されています。
この最高裁判例により、実務上は子どもから不倫相手に対する慰謝料請求は原則として認められないという取扱いが確立されています。
例外的に慰謝料請求が認められる可能性
「害意をもって監護を積極的に阻止した」場合の特例
最高裁判例では、原則として子どもからの慰謝料請求を否定する一方で、「第三者が害意をもって監護を積極的に阻止した」など特段の事情がある場合には、例外的に慰謝料請求が認められる可能性があることも示唆しています。
この「害意をもって監護を積極的に阻止した」という要件は非常に厳格に解釈されており、単に不倫関係を継続したというだけでは足りません。不倫相手が明確な悪意を持って、子どもと親との関係を意図的に断絶させるような行為を行った場合に限定されると考えられています。
立証が必要な具体的証拠
この例外が適用されるためには、不倫相手が具体的にどのような害意ある行為を行ったかを立証する必要があります。
例えば、不倫相手が「子どもとは連絡を取らないでほしい」「子どもには関わらないでほしい」などと親に要求している証拠(LINEメッセージ、メール、録音など)が該当します。
また、不倫相手が子どもの面会交流を妨害する行為を行った場合や、子どもに対して直接的に害意のある言動を行った場合なども、例外適用の根拠となり得ます。
ただし、これらの事実を証明することは実際には非常に困難であり、例外が認められるケースは極めて限定的です。
未成年者による慰謝料請求の手続き上の注意点
法定代理人の必要性と親権者の役割
未成年者が慰謝料請求を行う場合、法律上は単独で有効な法律行為を行うことができないため、親権者などの法定代理人が必要となります。不倫により両親が離婚した場合、親権者として指定された親が子どもの代理人として法的手続きを行うことになります。
この場合、親権者は自分自身の慰謝料請求権と子どもの慰謝料請求権を区別して手続きを進める必要があります。ただし、実際には子どもの慰謝料請求が認められる可能性は低いため、親権者自身の慰謝料請求を中心に進めることが現実的です。
未成年者の示談交渉における特別な配慮
万が一、未成年の子どもが慰謝料請求を行う場合、示談交渉においても特別な配慮が必要です。未成年者との契約は、親権者の同意がない場合には後から取り消される可能性があるため、示談書の作成時には必ず親権者の同意を得ておく必要があります。
また、未成年者の心理的負担を考慮し、直接的な交渉には参加させず、親権者や弁護士が代理で交渉することが望ましいとされています。子どもの心理的ケアも並行して行いながら、慎重に手続きを進めることが重要です。
子どもの存在が親の慰謝料請求に与える影響
慰謝料増額要素としての子どもの存在
子ども自身からの慰謝料請求は原則として認められませんが、子どもの存在は不倫された側の親の慰謝料請求において重要な増額要素となります。未成熟の子どもがいる場合、不倫による精神的苦痛がより深刻になると考えられるためです。
特に、子どもが幼い場合や複数の子どもがいる場合、教育費や養育費の負担が重くなることから、経済的な不安も大きくなります。このような事情は、裁判所が慰謝料額を算定する際の重要な考慮要素となります。
実際の慰謝料額への具体的影響
子どもがいる場合の慰謝料相場は、子どもがいない場合と比較して50万円から100万円程度高くなる傾向があります。ただし、慰謝料額は様々な要素を総合的に考慮して決定されるため、子どもの存在だけで機械的に増額されるわけではありません。
不倫の悪質度、婚姻期間の長さ、夫婦の年収格差、不倫の継続期間、不倫相手との関係の深さなども重要な考慮要素となります。子どもの存在は、これらの要素と合わせて総合的に評価されることになります。
実際の相談事例と対応策
よくある相談パターンと法的アドバイス
私どもへのご相談でも、「高校生の子どもが父親の不倫に激怒しており、不倫相手に直接慰謝料請求したいと言っている」「大学生の娘が不倫で家庭が壊れたことで進学を諦めることになり、不倫相手を訴えたい」といった要望が寄せられることがあります。
このような場合、まずは子どもの気持ちを理解し共感することが重要ですが、法的には子ども自身からの慰謝料請求は困難であることを説明する必要があります。その上で、親からの慰謝料請求において子どもへの影響を主張することで、実質的な救済を図る方向で検討します。
弁護士による総合的なサポートの重要性
不倫問題は、慰謝料請求だけでなく、離婚に伴う財産分与、子どもの親権や面会交流、養育費など、多方面にわたって法的な問題が発生します。特に子どもがいる場合には、子どもの福祉を最優先に考えた解決策を模索する必要があります。
経験豊富な弁護士に相談することで、個別の事情に応じた最適な解決方法を見つけることができます。また、子どもの心理的ケアについても、適切な専門機関を紹介してもらえる場合があります。不倫問題でお悩みの方は、一人で抱え込まず、早めに専門家に相談することをお勧めします。
弊所はLINEで弁護士に相談できる「チャット弁護士」を運営しておりますので、お困りの際はご相談ください。