
本記事の監修弁護士:菅原 啓人
2021年1月弁護士登録(現在、東京弁護士会所属)。
都内の法律事務所にて、交通事故案件を中心に、労働事件、不貞、離婚事件等の一般民事事件を担当。
2024年10月ライトプレイス法律事務所に入所。
趣味は、野球観戦、映画鑑賞、旅行、スイーツ巡り等。
業務中の事故やケガについて、会社が労災を認めないケースは決して珍しくありません。しかし、労災に該当するかどうかを判断するのは会社ではなく、労働基準監督署です。
会社が労災申請に消極的な理由には、労災保険料の増額、監督署からの調査回避、会社の評判への影響などがありますが、これらは労働者の権利を妨げる正当な理由にはなりません。事業主証明がなくても労働者本人が申請でき、労基署は必要に応じて会社へ調査を行います。
なお、労災事故を報告せず隠蔽する「労災隠し」は、労働安全衛生法に違反し、50万円以下の罰金の対象となる法令違反行為です。会社が非協力的な場合でも、労働者は労基署への相談、本人による申請、弁護士への相談など複数の対応手段を持っています。
会社が労災を認めない主な理由
労災保険料の増額を懸念
労災保険には「メリット制」という制度があり、過去3年間の労災発生状況に応じて労災保険料率が変動します。これにより、労災を多く発生させた会社は保険料が増額される一方、労災が少なければ減額される仕組みです。 この制度は、一定規模以上の会社に適用されます。そのため、労災の発生が直接的に保険料負担の増加につながることから、会社が労災認定に消極的になる大きな要因の一つとなっています。
労働基準監督署からの調査や行政処分の回避
会社で労災が発生すると、労働基準監督署から労災事故の調査を受けたり、行政指導や行政処分を受けたりする可能性があります。会社としては、このような調査により法令違反が発覚することを恐れ、労災であることを認めたがらない傾向があります。
会社の信用・評判への影響
労災事故が発生した事実が明らかになると、取引先や顧客からの信用低下、求人活動への悪影響につながるおそれがあります。特に死亡事故や重大災害の場合には労基署への報告義務があり、新聞や業界内で公表されることもあるため、会社が労災認定に消極的になる要因のひとつです。
手続きの複雑さと事務負担
労災の申請手続きは複雑で、多くの書類作成や労働基準監督署とのやり取りが必要です。人手不足や事務処理能力の限界から、会社が労災申請の協力を避けようとするケースもあります。
労災かどうかを判断するのは労働基準監督署
会社に労災認定の権限はない
労災かどうかを最終的に判断するのは、労働基準監督署であり、会社ではありません。会社が「労災ではない」と主張しても、それはあくまで一つの見解にすぎず、法的効力はありません。
労基署は、事故や疾病の状況を調査し、業務起因性・業務遂行性や通勤経路の合理性といった法律上の基準に基づき、中立かつ公正に判断します。そのため、会社が協力的でなくても、労働者本人が安心して申請を進めることが可能です。
業務起因性と業務遂行性の判断
労災として認定されるためには、業務遂行性と業務起因性という2つの要件を満たす必要があります。
- 業務遂行性
- 労働者が労働契約に基づき、事業主の支配・管理下にある状態で行動していたこと
- 例:勤務時間内、職場内、出張中など
- 労働者が労働契約に基づき、事業主の支配・管理下にある状態で行動していたこと
- 業務起因性
- 災害が業務に内在する危険の現実化によって発生したといえること
- 例:長時間労働による脳・心疾患、肉体労働による腰痛など
- 災害が業務に内在する危険の現実化によって発生したといえること
これらの判断は非常に専門的なものなので、労働基準監督署が調査・審査を行い、総合的に判断します。
会社が労災を認めない場合の具体的対処法
労働者による直接申請
最も確実な方法は、労働者自身が労働基準監督署に直接労災申請を行うことです。
以下に、具体的な労災の申請手順を記載します。
なお、療養補償給付については医療機関を通じて提出するのが一般的です。
また、申請前に労基署へ直接相談することも可能で、申請方法や必要書類について詳しい説明を受けることができます。
事業主証明なしでの申請手続き
労災申請書には「事業主証明欄」がありますが、会社が記入を拒否しても労災申請は可能です。その場合、労働者本人が以下のように対応します。
- 「会社に労災を認めてもらえず、事業主証明がない」旨を申請書に記載
- 可能であれば、会社からの回答や拒否の経緯を示す資料を添付(なくても可)
上記の対応を行い、労働基準監督署に受理されることで、労基署は会社に照会し、事実確認のための調査を行います。事業主証明がなくても、労基署が調査を経て適切に判断してくれるため、労働者本人だけで申請を進めることができます。
法的根拠に基づく会社との交渉
会社には、労災申請に協力する法的義務があります。労働者災害補償保険法施行規則23条に基づき、事業主は保険給付を受けるために必要な証明をすみやかに行わなければなりません。
労働者災害補償保険法施行規則
(事業主の助力等)
第二十三条 保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。
2 事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。
会社が協力を拒む場合は、以下の点を説明すると効果的です。
- 事業主には証明義務があること(施行規則23条)
- 労災事故を隠したり報告しないことは法令違反(労働安全衛生法違反)であり、50万円以下の罰則対象となること
- 労基署の調査で法令違反が確認されれば、是正勧告や送検などのリスクがあること
労災の認定基準と判断のポイント
どのような場合に労災は認められるのでしょうか。ざっくりとですが、業務災害、通勤災害、そして精神障害・過労死の認定基準の要件をまとめています。
業務災害の認定要件
業務災害として認められるためには、前述したとおり、原則として業務遂行性と業務起因性の2つの要件を満たす必要があります。
実務上は「時間的要素」「場所的要素」「行為的要素」などを総合的に考慮し、労働基準監督署が判断します。
通勤災害の認定要件
労災保険法では、以下の場合に通勤災害として認められます。
- 住居と就業の場所との間の往復
- 就業の場所から他の就業の場所への移動
- 住居と就業の場所以外の場所での業務との間の往復
ただし、通勤の途中で合理的な経路を逸脱または中断した場合は、原則として通勤災害には該当しません。ただし、日用品の購入や選挙投票など社会生活上やむを得ない行為については例外的に認められる場合があり、逸脱や中断が終了して合理的な経路に復帰した後も通勤とみなされます。
精神障害・過労死の認定基準
精神障害が労災として認定されるかどうかは、以下の3つの要素を総合的に判断して決定されます。
- 発症前おおむね6ヶ月間の業務による心理的負荷(ただし特に強い出来事がある場合は6ヶ月を超える期間も考慮)
- 個体側要因(既往歴、性格傾向など)
- 業務以外の心理的負荷
一方、脳・心臓疾患による「過労死」については別の基準があり、発症前1ヶ月でおおむね100時間超、または発症前2〜6ヶ月間で月平均80時間超の時間外労働が目安とされています。
なお、各労災類型ごとの認定基準は以下の記事でも詳しく解説しています。ぜひお読みください。

個人で労災申請する場合の具体的方法
会社が労災を認めない場合でも、会社を介さず自身で労災を申請することが可能であるとお伝えしてきました。では実際にどのように申請すればよいのでしょうか。 本項では、労災申請のパターンごとにどのような申請書類が必要かを解説していきます。
必要書類
パターン1:療養補償給付(治療費)の場合
- 療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)
- 医師の診断書(様式第5号に添付)
- (必要に応じて)事故発生状況を補足する書類や証言書
パターン2:休業補償給付の場合
- 休業補償給付支給請求書(様式第8号)
- 医師による労働不能の証明(様式第8号の医師証明欄に記載)
- 賃金証明書(事業主が記入する欄あり。会社が拒否した場合はその旨を本人が記載)
パターン3:障害補償給付の場合
- 障害補償給付支給請求書(様式第10号)
- 労働者災害補償保険診断書(後遺障害用)
- (必要に応じて)事故状況や症状経過を記載した補足書類
申請時の注意点
労災申請する際ですが、申請書を作成する際は以下の点に気をつけましょう。
- 正確な事故状況の記載:5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)を明確に記述
- 医学的証拠の収集:診断書、検査結果、治療経過などを漏れなく添付
- 証人の確保:事故を目撃した同僚等の証言を記録
- 時効の管理:各給付には2年から5年の時効があるため期限内に申請
労働基準監督署での手続き
申請書類を労働基準監督署に提出した後は、以下のような流れで労災認定・不認定が決まります。
- 申請書類受理確認:申請書類の不備がないかチェック
- 調査開始:労働基準監督署による事実関係の調査
- 関係者聴取:被災者、会社、証人等からの聞き取り
- 医学的判定:必要に応じて専門医による検討
- 認定・不認定の決定:給付の種類によって異なりますが、数週間〜6ヶ月程度で結果が通知されます
労災かくしの法的問題と対策
労災かくしとは
労災かくしとは、労災が発生した際に、会社が労働基準監督署へ提出する義務のある労働者死傷病報告を提出しない、または虚偽の内容で提出する行為を指します。
労災かくしは違法!罰則も存在
労災かくしは法令違反であり、以下の処罰の対象となりえます。
- 労働安全衛生法違反:労働者死傷病報告の不提出・虚偽記載は50万円以下の罰金(第100条・第120条)
- 労基署の行政対応:是正勧告や送検の対象となり、企業名が公表される場合もある
労働者ができる労災かくし対策
会社が労災を認めず、労災かくしが疑われる場合は、次のような行動が有効です。
- 労働基準監督署への通報:労災隠しの事実を報告
- 証拠の保全:事故状況や会社とのやり取りを記録・保存
- 同僚からの証言収集:事故を目撃した人や状況を知る人の証言を確保
- 専門家への相談:弁護士や社会保険労務士に相談し、法的サポートを受ける
専門家への相談の重要性
弁護士への相談が必要なケース
特に以下のような場合は、労災問題に詳しい弁護士への相談をするのがよいでしょう。
- 会社が強硬に労災を否定し続ける場合
- 労災申請が不支給となり、不服申立(審査請求・再審査請求)を検討する場合
- 会社から不当な扱いを受けている場合(解雇・降格・嫌がらせなど)
- 労災保険給付に加えて、会社や第三者への損害賠償請求を検討している場合
社会保険労務士への相談
また、労災申請の手続き面では、社会保険労務士への相談も有効です。
- 申請書類の作成支援
- 労働基準監督署への同行
- 会社との協力関係構築のアドバイス
まとめ
会社が労災を認めない場合、重要な点は労災認定の判断をするのは会社ではなく労働基準監督署であるということです。
会社の協力が得られない場合でも、労働者自身で労災申請を行うことができ、事業主証明がなくても手続きは可能です。労働基準監督署は中立的な立場から適切な調査を行い、公正な判断を下します。
また、労災かくしは労働安全衛生法違反にあたり、50万円以下の罰則の対象となる法令違反行為です。会社がこれを行うことは許されず、適切な対処により労働者の権利を守ることができます。
一人で対処することが困難な場合は、労働基準監督署への相談や、専門家への相談を積極的に活用しましょう。労災は労働者を保護するための重要な制度です。遠慮することなく、自分の権利を守る行動を取ることが大切です。
弊所へのご相談について
弊所では、労災に関するご相談をLINEで気軽に行える「チャット弁護士」を運営しています。
- 会社が労災を認めてくれない…
- 労災申請が不支給になった…
- 労災後に会社から不当な扱いを受けている…
- 損害賠償請求を検討している…
このようなお悩みをお持ちの方は、ぜひ一度ご相談ください。初回相談では状況を丁寧にお伺いし、今後の見通しや取るべき手続きをわかりやすくご説明いたします。