
本記事の監修弁護士:菅原 啓人
2021年1月弁護士登録(現在、東京弁護士会所属)。
都内の法律事務所にて、交通事故案件を中心に、労働事件、不貞、離婚事件等の一般民事事件を担当。
2024年10月ライトプレイス法律事務所に入所。
趣味は、野球観戦、映画鑑賞、旅行、スイーツ巡り等。
労災保険では、業務災害や通勤災害により労働者が負傷・病気・障害・死亡した場合に、療養補償給付や休業補償給付など8種類の法定給付が支給されます。これらは治療費の補償から休業補償、後遺障害の補償、遺族への補償まで幅広くカバーされています。
申請は原則として労働者本人が行いますが、会社が代行することも可能です。重要なのは、各給付ごとに請求期限(時効)が異なる点で、療養補償給付や休業補償給付は2年、障害補償給付や遺族補償給付は5年の時効があります。請求にあたっては、給付の内容に応じた様式を選び、必要書類を添えて所轄の労働基準監督署に提出することで、労災保険からの給付を受けることができます。
労災時の基本的な給付
療養補償給付(療養の給付・療養費)
労災申請で最も基本となるのが療養補償給付です。仕事中や通勤中に負った怪我や病気の治療費が対象となります。労災指定医療機関を受診した場合は、自己負担なく無料で治療を受けることができます。指定外の医療機関を受診した場合は、一旦立替払いを行い、後から「療養費」として償還されます。
注意すべき点として、療養補償給付の請求には原則2年の時効があります。療養を受けた日、または費用を支払った日から2年以内に申請しなければ権利が消滅してしまうため、早めの手続きが重要です。
申請にあたっては、業務災害の場合は様式第5号、通勤災害の場合は様式第16号の3を使用し、所轄の労働基準監督署へ提出します。
参考:厚生労働省ホームページ(主要様式ダウンロードコーナー)
療養補償給付及び複数事業労働者療養給付たる療養の給付請求書 業務災害用・複数業務要因災害用(様式第5号)
療養給付たる療養の給付請求書 通勤災害用(様式第16号の3)
休業補償給付・休業特別支給金
労災による怪我や病気で働けなくなった場合に受けられるのが休業補償給付です。休業4日目から、給付基礎日額の60%が支給されます。さらに、特別支給金として給付基礎日額の20%が上乗せされるため、合計で約80%の補償を受けることができます。
休業初日から3日目までは労災保険からの補償はありませんが、業務災害の場合には事業主が労働基準法に基づき平均賃金の60%を支払う義務があります(通勤災害ではこの補償はなく、無給扱いとなります)。
なお、請求の時効は休業した日の翌日から2年と定められているため、早めの申請が重要です。
後遺障害・死亡時
障害補償給付・障害特別支給金
労災による怪我や病気が治癒(症状固定)した後に後遺障害が残った場合に受けられる給付が障害補償給付です。障害等級は1級から14級まで設定されており、1級から7級は年金、8級から14級は一時金として支給されます。さらに、特別支給金も加算されます。
申請には「障害補償給付支給請求書」と「医師の後遺障害診断書」が必要です。審査は診断書や画像資料などの書面を中心に行われますが、必要に応じて労働基準監督署や労災医師による面談・調査が行われることもあります。
なお、労災と自賠責保険では後遺障害の認定基準が異なり、必ずしもどちらが有利・不利というわけではありません。労災では「労働能力の喪失」に着目する傾向があります。
申請の時効は症状固定日から5年以内ですので、早めの準備が大切です。
参考:厚生労働省ホームページ(主要様式ダウンロードコーナー)
障害補償給付 複数事業労働者障害給付 支給請求書 障害特別支給金 障害特別年金 障害特別一時金 支給申請書 業務災害・複数業務要因災害用
※別途、医師の診断書が必要となります。
遺族補償給付・葬祭料
労災が原因で労働者が亡くなった場合、遺族に対して遺族補償給付が支給されます。生計を維持していた配偶者や子などの遺族がいる場合には遺族補償年金が支給され、年金を受けられる遺族がいない場合には遺族補償一時金が支給されます。
また、葬儀を行った人に対しては葬祭料が支給されます。金額は、以下のいずれかの高い方となります。
- 315,000円+給付基礎日額の30日分
- 給付基礎日額の60日分
なお、これらの請求には死亡日から5年以内という時効がありますので、早めの申請が大切です。
特殊な労災申請
傷病補償年金
労災による怪我や病気で療養を開始してから1年6ヶ月を経過した日においても治癒せず、傷病等級1級から3級に該当する重篤な状態にある場合、傷病補償年金が支給されます(通勤災害の場合は「傷病年金」)。
これは休業補償給付に代わって支給されるもので、長期にわたり治療や療養が必要な場合に労働者とその家族の生活を支える重要な制度です。
介護補償給付
労災による後遺障害などで障害補償年金または傷病補償年金を受給している人が、現に介護を受けている場合に支給される給付が「介護補償給付」です(通勤災害の場合は「介護給付」と呼ばれます)。
介護の必要度に応じて「常時介護」と「随時介護」に区分され、さらに同居の家族が介護するか、専門の介護人が介護するかによっても支給額が異なります。厚生労働省令に基づき、一定の上限・下限額の範囲内で支給される仕組みになっています。
二次健康診断等給付
労災保険には、労働者の健康維持を目的とした二次健康診断等給付の制度があります。定期健康診断などで、といった所見があり、脳血管疾患や心疾患の発症リスクが高いと判断された場合、年1回に限り無料で「二次健康診断」と「特定保健指導」を受けることができます。
- 高血圧
- 脂質異常
- 高血糖
- BMI27以上
この制度は、脳・心疾患の重大な労災を未然に防ぐために設けられており、生活習慣病対策の観点からも非常に重要です。
労災申請の手続きと注意点
申請主体と書類作成
労災申請は、原則として労働者本人が申請者となりますが、実務上は会社が代行して手続きすることも少なくありません。申請書類には「事業主証明欄」があり、会社が証明するのが通常です。
もし会社が協力してくれない場合でも、労働者本人が事情を記載した書面を添えて申請することが可能です。その後は労働基準監督署が必要に応じて会社に照会し、事実関係を確認します。
申請期限(時効)の管理
労災保険給付には、給付の種類ごとに時効(請求期限)が定められています。代表的なものは以下の通りです。
- 療養補償給付:療養を受けた日または費用を支払った日から2年
- 休業補償給付:休業した日の翌日から2年
- 障害補償給付:症状固定日から5年
- 遺族補償給付:死亡日から5年
この時効を過ぎると給付を受ける権利が消滅してしまうため、事故後はできるだけ早く申請手続きを行うことが重要です。
提出先と審査期間
労災申請書類は、原則として所轄の労働基準監督署に提出します。とくに療養補償給付の申請(様式第5号など)は、労働者が医療機関に提出し、病院から労基署に送付されるのが通常の流れです。
審査期間は給付の種類によって異なり、一般的には1〜6ヶ月程度です。療養補償給付や休業補償給付は比較的早く決定されますが、障害補償給付や遺族補償給付は医学的判断や事実確認が必要となるため、長期化する傾向があります。
労災申請でよくある疑問
業務災害と通勤災害の違い
労災保険の対象となる災害には、大きく分けて業務災害と通勤災害があります。給付内容(療養・休業・障害・遺族など)の仕組みは基本的に同じですが、次の点に違いがあります。
名称の違い
- 業務災害 → 「療養補償給付」「休業補償給付」など「補償」が付く
- 通勤災害 → 「療養給付」「休業給付」など「補償」が付かない
申請様式の違い
- 業務災害 → 様式第5号(療養補償給付)など
- 通勤災害 → 様式第16号の3(療養給付)など
範囲の違い
- 業務災害 → 業務中の事故や業務に起因する疾病
- 通勤災害 → 通勤途中の事故(合理的な経路・方法に限られる)
なお、業務災害・通勤災害については以下の記事でも解説していますので、併せてお読みください。

会社が非協力的な場合
会社が労災申請に協力しない、いわゆる「労災隠し」が行われることがあります。労災隠しは労働安全衛生法違反にあたり、会社は50万円以下の罰金刑の対象となる場合もあります。
しかし、会社が非協力的でも労働者は単独で申請可能です。申請書に事情を記載すれば、労働基準監督署が調査を行い、必要に応じて会社に対して報告や協力を求める行政指導が行われます。
労災申請は労働者の正当な権利です。申請期限や必要書類を理解し、不安がある場合は専門家に相談することをおすすめします。
弊所では労働災害に関するご相談をLINEで受け付ける「チャット弁護士」を運営しています。ご自身やご家族の労働災害について不安や疑問がある方は、ぜひお気軽にLINEからご相談ください。